はじめに
先日、押入れを整理していたら、昔のガラケー(ガラパゴスケータイ)が出てきました。
1台じゃないです。何台も出てきました。
よく捨てずに取っておいたな自分、と思いつつ、並べてみたら思いのほか壮観だったので、せっかくだから記事にします。

しかもこのうち1台、電源が入りました。中身もそのまま残っていました。(その話は最後に書きます)
で、眺めてるうちに気になってきたことがひとつ。
このケータイを買ってた頃、うちの会社(ぷらっとホーム株式会社)は何をしてたんだろう?
調べてみたら、わりと重なっていて面白かったので、自分のケータイ遍歴と会社の沿革を並べてみました。
2000年:J-PHONE J-SH03

初めて手にしたケータイです。当時はまだ珍しかったフルカラー液晶搭載のケータイ…だったそうです。当時中学生だったのですが、一体何に使っていたのやら。しょーもないメールや電話でしか使っていなかった記憶があります。
そして同年のぷらっとホームはというと、
- 7月 東京証券取引所マザーズに上場
- 同月 マイクロサーバ「OpenBlockS」販売開始
自分が人生で初めてケータイを持った年に、うちの会社は上場して、今も続く看板製品を世に出していました。いきなり自分のケータイ遍歴と重なってきます。
2001年:au C403ST

折りたたみに憧れて、コレにしました。
当時はまだMNP(番号そのまま乗り換え)がなかったので、キャリアを変えると電話番号も変わりました。
今だとちょっと考えられないですが、当時は「番号変わったからよろしく」のメールを一斉送信するのが普通でした。
ちなみに会社の沿革で言うと、この2001年8月に新聞広告を出していて、そこに初代OpenBlockSが39,000円で載っています。以前ブログで紹介しました。
2002年:au A3012CA

毎年ケータイを変えてますね。特に理由もなく変えた気がします。
当時は毎年のように新機能が増えていたので、1年経つと普通に型落ち感がありました。買い替える理由は、だいたい「なんか新しいやつが出てるから」でした。
2003年:docomo P504iS

NTTドコモです。当時、多くの人が使っていたドコモの絵文字への憧れが強く、変更しました。まだMNPもないので、また電話番号が変わってしまった年です。
ちなみにこの年のぷらっとホームは、
- 1月 コンピュータ切替器「PShare EX」販売開始
- 2月 ホイールつきコンパクトキーボード「Mini Keyboard III」販売開始
周辺機器の年でした。キーボードと切替器を売ってた頃の話です。
ぷらっとホームとキーボードの関係については、別記事で詳しく紹介しています。
2005年:docomo SH901iS
FOMA、つまり3G対応の機種です。
ここから通信がぐっと速くなって、パケット定額が当たり前になっていきました。自分の中では、ケータイが「電話」から「ネットする端末」に変わり始めたのはこの頃からです。
そして会社のほうは、この年わりと大きな転換をしています。
- 5月 本社を外神田1-18-13に移転
- 11月 マイクロサーバ「OpenMicroServer」販売開始/PacketiX VPN 2.0 の取扱開始
- 12月 秋葉原店舗を閉鎖
ぷらっとホームはもともと秋葉原にお店を構えていた会社で、そのお店を閉じたのが2005年12月。
自分のケータイが3Gになった年に、会社は「店売り」から「メーカー」に軸足を移していた、ということになります。
当時のサイトの様子は、こちらの記事で掘り起こしています。
2006年:docomo SH902iS
買い替えた理由は…特になし(覚えてない)です。
2007年:docomo P905i + WILLCOM W-ZERO3[es]


P905iは、ワンセグが見られて、横からも開くガラケーでした。後に子どものおもちゃになって消滅しましたが…。
で、このとき実はもう1台持っていました。W-ZERO3[es]です。
これは買い替えではなく、サブ回線として増やした端末でした。
理由はひとつで、当時、通話定額と呼べるプランがウィルコムにしかなかったからです。ウィルコム同士なら24時間無料。それ目当てで、通話用にもう1回線契約する、というのが当時は普通にアリな選択でした。
今はどのキャリアにもかけ放題がありますが、通話料のためだけに端末と回線をもう1本増やすというのは、今考えるとなかなかの行動だなと思います。
2008〜2009年:買い替えなし
ほぼ毎年のように買い替えていた自分が、P905iを3年近く使っています。
理由はシンプルで、この頃のガラケーはもう進化が止まりかけていたからです。カメラが増えて、ワンセグが載って、おサイフケータイが載って、機能が出そろってしまったため、買い替える理由が見つからなくなっていました…。
2010年:docomo REGZA Phone T-01C
私自身、初のAndroidケータイです。
防水対応に加えて、ワンセグ・赤外線通信・おサイフケータイと、ガラケーの主な独自機能を載せたスマホでした。当時は「ガラスマ」なんて呼ばれ方をしていました。
ガラケーで止まっていた進化が、OSごと入れ替わって再開した、という感じです。
そして会社のほうも、ちょうどこの前後で今につながる製品が動き出しています。
- 2010年8月 「OpenBlocks アプライアンスシリーズ」発売(DHCPなどの機能を載せたモデル)
- 2011年6月 「EasyBlocks」発売
- 2012年6月 ARMを採用した「OpenBlocks AX3」「OpenBlocks A6」発表
自分がスマホに移った頃に、会社は「サーバーを売る」から「用途ごとのアプライアンスを売る」に広げていて、その流れで出てきたのがEasyBlocksです。どういう経緯で生まれた製品なのかは、誕生秘話の記事があります。
ついでに言うと、2012年のOpenBlocks AX3やA6はARMアーキテクチャのCPUを採用しています。スマホに入ってるのと同じアーキテクチャです。自分のポケットの中で起きていたことが、会社の製品にも訪れた年、という見方もできます。
ちなみにこの2011年に出たEasyBlocks、今は自分が担当しています。スマホに替えた翌年に出た製品を、15年後に売ってることになるとは…思ってもみなかったです。
そしてもうひとつ、並べ終えてから気づいたことがあります。
ウィルコムのPHSは2021年1月でサービス終了、FOMAも2026年3月で停波。自分が使っていた当時の回線、2本とももう無いです。端末は押入れにちゃんと残っているのに、繋ぐ先のほうが先に消えてしまいました。
……と思っていたら。
1台だけ、電源が入った

並べているうちに1台だけ充電が通って、電源が入った機種がありました。2003年のP504iSです。
20年以上前の端末が普通に起動する。回線のほうはとっくに終わってるのに、端末のほうはまだ元気でした。
で、せっかく起動したので中を覗いてみたら、メールがそのまま残っていました。
受信も送信も、当時のまま。しばらく読みふけってしまったんですが、送信メールの中にこんなのが残っていました。私への誕生日を祝うメッセージをくれた友人への返信メールになります。

記念すべきハタチの誕生日なのについさっき自宅に着いたところです😓
本当一年早いですよね😅
◯◯サンもあんまり無理しないよーに…
わざわざありがとう‼️‼️‼️感激👍️💨
…これ。
絵文字を多用、「!!!!!!」で勢いをつける。
完全に、いわゆる「おじさん構文」です…。
当時わたくし、20歳です。ハタチの自分が、おじさん構文を打っていました。キツい…!
ただ、ちょっと冷静になって考えると、話はそれだけじゃない気もしてきました。
おじさん構文は、おじさんが発明したものじゃない。
絵文字を盛る、「…」で溜める、「!!!」で勢いをつける。これは2000年代前半のガラケーメールでは、むしろ若者の標準装備でした。当時20歳の自分がこう打っていたのが、何よりの証拠です。
つまり今「おじさん構文」と呼ばれているものの正体は、あの頃の若者の書き方が、更新されないまま残ったものということになります。自分がキモいというより、文体のほうが取り残されてしまったようですね…。回線は終わり、端末は残り、そして文体まで残ってしまった、という話でした。
押入れ、まだ漁れば何か出てくるかもなので、出てきたらまた書きます。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!




